【1枚の画像から物語を想像してみた】第1話
海と浮輪
#1
南へずっ―といったところに、きれいな海に囲まれた町がありました。
街にはホテルや旅館がないので、騒がしい観光客はほとんど来ません。
青く澄んだ海が、静かに広がっています。
#2
そんな海辺に唯一やってくるのは、Y君という小さな男の子です。
Y君はこの青く澄んだ海が大好きで、とても大切にしていました。
毎日海へやってきては、だれか悪さをしていないかパトロールをしています。
#3
ある日Y君はいつものように海へパトロールにやってくると、何やら様子がおかしいことに気が付きました。
海辺から人の声が聞こえてきたのです。
「これは大変だ。僕が追い払わないと」
Y君はそう思うと、急いで声のする方向へ走り出しました。
#4
y君は岩陰からそっと砂浜のほうを覗いてみると、小さな女の子とお母さんが遊んでいました。
女の子は、ひも付きの赤い浮輪を手に持って海へと向かっているところでした。
Y君は不思議に思いました。
「あの赤い輪っかは何だろう」
実はY君、浮輪というものを見たことがなかったのです。
Y君の住む町には浮輪を売っているお店なんてありません。
みんな泳ぐことが得意なので、使う必要がないからです。
#5
だからY君は危ない道具じゃないか不安でたまらなくなって、
「だめー!」
と叫ぼうとしました。
でも、女の子とお母さんがあまりにも楽しそう笑っているので、Y君はどうしても言うことができませんでした。
#6
女の子が浮輪を海に浮かべるとお母さんは女の子を抱き上げて、真ん中に空いた穴の中に入れました。
すると女の子と赤い浮輪は、波に揺られてだれもいない広い海にぷかぷかと浮かんだのです。
Y君の目には、羽を休めるために海の上で休む海鳥のように映りました。
「わぁ、なんて気持ちよさそうなんだろう」
Y君は気持ちよさそうに海に浮かぶ女の子が羨ましくなりました。
#7
だけど、同時にちょっぴりさみしさも感じました。
両手をいっぱいに広げても表せないほど広い海に、女の子とお母さんしかいない光景は少し不思議だったからです。
そして岩陰からそんな二人を一人で覗いている自分にもさみしさを感じました。
「僕もひもの付いたあの赤い輪っかがほしいなぁ」
Y君はそう思いながら海を背にして家へ帰っていきました。
#7
この街に、観光客はやってきません。
何処までも続く空と、青く澄んだ広い海があるだけです。